R太のスパークリング日和

R太です。40代のおじさんです。男女2人の子育てと家事にフルコミット中。 どうにもならない日々のいらだちや喜びを書いてます。

リア充こそわが子に望むこと

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現代の魔法使いこと落合陽一さんのエッセイを読んだ。ミライ育児「息子は幼稚園には通わせない」というものだ。その内容については、もっともだと思う。

特に否定的でもない。たしかに、世界的にみても時代遅れな日本の教育を考えると、そうだなぁと思わざるを得ない。尖った人間を育てるのに集団教育は弊害、という理論ももっともだ。しかし、少しもやっとしている。

記事を下にスクロールするとヤフーコメント欄がある。

たいてい、皮肉なコメントが書いているあの部分だ。そこにこんなのを見つけた。

まぁ皮肉なのだが、スッとするのもたしか。真理である。

ごもっともだとは思いますが、その代わり一年間休まず一日中お子さんと過ごしてみてくださいね。ご自分は言うだけで、後は奥さん任せというのが一番いけません。何事も先ずはご自分でやってみなくては。実践を伴わない育児論ほど説得力のないものはありませんからね。

冬休みの大惨事

余談であるが、息子・娘ともに幼稚園の二学期が終わり、現在、冬休みに突入した。

その矢先、朝っぱらから息子がプラスチックの椅子の足を合体させた如意棒みたいのを振り回し、リビングのおしゃれなガラス照明を破壊した。ガラスが散らばり、危機一髪である。そんなパニックの折、娘が加湿器をいじり、水をひっくり返す。拭いているあいまに、今度は、机の牛乳が絨毯にこぼれる…。

冬休み始まりにして、この大惨事である。

妻はすでに悩み始めている。このわんぱく達とどう過ごせばいいか、だ。

もちろん、自分の楽しいことはほぼ何もできやしない。幼稚園や施設に入れないという事はそれすなわち、一年中この状態が続くという事である。果たして、精神がもつだろうか。否、もつわけない。

児童館や公園、はっきりいって、すぐに玉切れになること請け合い。

そういったことを、落合さんが考えていないのだとしたら、まだ、甘いと言わざるを得ない。まぁ、まだお子さんも小さいから仕方ないのだけど。他者の手に委ねずに、わんぱく盛りの子どもを育てるのは、はっきりいって鬼のような忍耐力を必要とする。

親都合の幼稚園選び

はっきり言うが、子どもの幼稚園選びに関して、その教育方法で選んではない。四年制で、預かり保育がある幼稚園を選んだ。完全に親都合。また選んだ幼稚園が、悲劇的にも集団行動に厳しく、昭和バリバリの伝統教育である。
運動会で笛が「ピッ」となると、北朝鮮の行進よろしく、ぴたりと整列をする。家ではわがまま放題の彼らが、だ。初めてみたときは、軍隊か、ここはと思って驚いた。
この元祖日本の教育を体現した幼稚園で、今、息子は四年目を迎え、年長さんだ。

結果的に、四年間ともに過ごしている個性的な友達たちと、じつに楽しそうに過ごしている。傍目からみると「リア充」そのものである。幼稚園教育は、彼にどう影響しているかわからない。ひょっとしたら、かなり尖りを削られている可能性もある。しかし、人間が成長するのは、システムだけだろうか。

否。

計算不能なキャラクターの友達たちとの、生の触れ合い。これが最も人を成長させる。
そういう意味では、割と巨大な幼稚園に放り込んでしまったけど、結果良かったのかもしれない。教育うんぬんより、幼稚園が楽しい、とくったくなくのたまう子どもの笑顔が一番の答えだ。そう、人生は楽しむもんだよ。

子どもに唯一望むもの

息子や娘にどうなってほしいか、と問われれば、はっきり言える。

リア充」になってほしい。

人とたくさん絡めて、恋愛もたくさんできる。そんな人生になるには、幼い時からたくさんの人と絡むこれのみである。幼稚園はそういう意味では、いいところに行けたのかもしれない。親が出来ないことをやってくれる。そして、母親は自分の時間を持てる。

たしかに、日本の集団教育は、いいとは思わない。しかし、そう思うなら幼稚園だけ避けてもだめだ。日本の小中高校すべてが見直されて、初めてよくなる。いまのところ、そういう傾向はないのだけど、教育改革あたりで少しでも変わってほしいと思っている。

個人的には宿題をまっさきに廃止してほしい。